「定吉七は丁稚の番号」

角川文庫版表紙(昭和60年発行:画:泉 晴紀)

DATE
原    題
作    者 東郷 隆
種    類 スパイアクション(パロディ)

Story
鎌倉に夕闇が迫る頃、突然それは訪れた。
地元でサーフショップを経営している谷町天六は、友人との付き合いを中座して、日常茶飯事となっている 定期連絡を取る為に、愛車を停めている駐車場に足を向けた。この連絡を疎かにすると、彼のもう一つの立 場である「大阪商工会議所秘密情報部湘南地区責任者」としての義務を怠る事になるのであった。
車のキーを手の中で弄ぶ彼の行く手に3人組の薄汚いサーファーが現れる。彼らの出で立ちは一つのサーフ ボードを3人で小脇に抱え、ボードには『TIKURA KATUURA』の文字が見て取れる。どうやら 千葉県出身らしい。
「あのぉ、タニーさんでしょう?」
彼は本名を嫌い、愛称の“タニー”で普段は通していた。先日も若者向けのサーファー・ファッション誌の 取材を受けたばかりだ。
「僕ら、タニーさんのファンなんです。誠に申し訳ありませんが、この本にサインをお願いできませんか?」
一人の男が海外のサーファー雑誌を取り出した。
“おかしい!英語が読めるのか?敬語も正しく話せるなんてっ!千葉県人とはまるで違う、違いすぎるっ!”
彼が疑問に思った瞬間、サーファーはボードの影から三節棍を取り出して襲い掛かってきた。その正確無比な 武器捌きは狙い違わず彼の急所を攻撃し、時間にして2分弱で彼の命を絶った。
ここに大阪商工会議所秘密情報部湘南地区は壊滅したのである。
所変って、大阪御堂筋。湘南地区壊滅の報を聞いた元締め千成屋宗右衛門は、一人の男を呼び出す指示を秘書に伝えた。
「あ、金子はん、定吉七番をこっちくるよう言っとくなはれ、ええな?」
「はい」
万田金子 -ミス・マネー- が部屋から出て行くと、入れ替わりに男が入ってきた。髪を短く刈り上げ、唐桟の お仕着せを裾短に着こなした大柄な丁稚である。
「あぁ、定吉どん、お早うさん」
「ご隠居はん、お早うさんだす」
「ところでな、あんたにちょっとした調査をやって欲しいんや」
「へぇ、どこでっしゃろ?」
「葉山や、そこでこの男の行方を捜してほしい」
定吉は写真を渡された。そこに写った顔は谷町天六である。
「この男が連絡を絶って、もう三週間になる。支部は火事が発生したらしく、何も残っておらんのや」
「わかりました」
今、鎌倉、葉山を舞台に殺人許可書を持つ丁稚、定吉七番の冒険が始まる。

解説
「あの人は関西人だから…」なんて莫迦話を良く友人とする事がありますが、その「莫迦」をきっちりと練りこんだ設定と、 娯楽だから許される偏見で味付けしたのがこの作品です。大元となっているのは、タイトルからも判るようにI・フレミング原作の 007シリーズではありますが、それを矮小かつコミカルに、そして舞台を日本で創り上げるとこんな小説が出来上がります。
まず、あきれた口がふさがらない最大の原因が「殺人丁稚」と言う存在でしょう。元の「情報部員」って言うのならまだ納得も行くのですが 大阪商工会議所所属の殺人丁稚って…(笑)
実際、小説における娯楽というのは、読者の意図しない方向に舞台を設定し、ありえない登場人物が、想像できない物語を 繰り広げる事が王道だと筆者は考えます。それを最小の形で具現化したのが本作と言えるでしょう。 例えば…東西冷戦を「関西VS関東」へ 差し替え、ソ連の代役を関東が務めています。共産主義を広める代わりに関東の工作員は文化である納豆を関西に広める… なんとまぁ判りやすく莫迦莫迦しいお話でしょう。そんな法螺話を私たちは思い切りお気楽に読むのが一番正しい楽しみ方 だと思います。
さて、このシリーズは過去に5作リリースされていました、その本編タイトルが以下の通りです。
「定吉七は丁稚の番号」(本書)
「ロッポンギから愛をこめて」
「角のロワイヤル」
「ゴールドういろう」
「太閤殿下の定吉七番」
残念ではありますが、これらは全て絶版となってしまい、現在では電子書籍で流通しています。もし機会がありましたら、 読んでも損はさせません。(ちなみにPCエンジンのソフトにもなっております)
パロディで「本格スパイ小説」に挑戦したこの作品…いかかです?